Rada Owen のフリースタイル

 2007年9月24日、『軸を考える』という会を開きました。
 そこで、基調講演をわたしが担当することになりました。
 そのため、これまでいろいろと考えてきた内容を、もう一度まとめようと思い、いろいろな映像や記憶を掘り起こしてみたのです。
 そのなかに水泳のフリースタイル(クロール)の分析がありました。



 それがたいへん勉強になったので、ここに書いてみます。

 まず、わたしが参考にして、非常に得るところの多かった Rada Owen の映像ですが、これは “Swim Faster” というタイトルで、一般に発売されているDVD(アメリカ)から得たものです。David Marsh の監修ビデオです。彼の解説からも、たくさん学ぶところがありました。

 まず、映像に映るRada Owen の泳ぎは、ほとんど水しぶきを立てない、非常に無駄のない運動であることに気づきます。あたかも、非常にゆっくり泳いでいるような印象を受けることも確かです。すべての運動がスムーズで、水を乱さず、「スピードが鈍いのでは?」と感じるほどです。
 ところが、プール下のマークの移動スピードから、彼女がかなりのスピードで泳いでいることがわかります。
 そして、そのスピードと映像のなめらかさの落差に、大きな驚きを感じました。

 彼女の泳ぎの特色で、もっとも驚くべきところは、片方の手(水中の手)がキャッチからプルに入る瞬間、リカバリー(空中で手を戻す動作)側の手が入水しようという特異なタイミングです。



 ふつうのクロールなら、リカバリー(空中を動いてきた)した手が入水する瞬間、反対の手はすでにプルからプッシュの局面に入っています。極端なコンチニュアスクロール(Continuous Crawl/腕を交互に動かす上級者用とされるクロール)なら、片方の手が入水したとき、もう片方の手は腰から引き抜かれるというタイミングとなります。つまり、ふつうの上級者がクロールを泳ぐ場合、両腕は交互に動き、「片手が前なら片手は後ろ」ということになるのです。
 ところが、Rada の場合、まるでキャッチアップクロールであるかのように、両手が近づく瞬間が見られるのです。


 クロールのかきは三つの局面に分けられます。
 1)キャッチと呼ばれる水をとらえる局面
  →入水直後の動きです。
 2)プルと呼ばれるキャッチから“みずおち”くらいまでかく動作
  →前半のかきです。
 3)プッシュと呼ばれるプルから後の水を押すような動作
  →後半、手を押すようにかくところです。

 ふつうのクロールなら、両腕は交互に動きます。片腕が前にあるとき、片腕は後ろにあるわけです。
 筋肉の協調作用からして、プッシュ動作での出力が圧倒的に高いです。
 つまり、プッシュ局面を終えた瞬間、前方への移動スピードが最大となります。
 ふつうのクロールなら、ここでもう一方の腕が入水するタイミングになります。 リカバリーした腕が入水し、キャッチからプル動作に入るのです。しかし、プルはプッシュにくらべて出力が低いので、ハイスピードで泳いでいると、この部分は前方移動の力に変換できず、「空がき」になってしまいます。
 最高速度で動いている時、前方の手がいくら力を込めてかいても、非力であり、移動スピードを増すほどの効果は出せないことになります。

 Radaの泳ぎは、この部分(プッシュで最高速度に乗ったところ)で身体を伸ばし、極限まで抵抗を減らす姿勢をとり、同時にリラックスし、ただ待ってすごします。結果、リカバリーの手が入水するとき、ようやくプルがはじまるという“ずれ”が生じます。
 そのため、従来の泳ぎにくらべ、エネルギーのほとんどが前方移動につながっています。
 またリラックスした意図的な待ちがあるため、従来の泳ぎにくらべ、疲労回復の効果が高いことにもなります。

 キャッチアップクロールと異なるのは、身体(特に両肩)が水平になる時間が極端に少なく、常に傾いた状態で水を切り分けていくところです。キャッチアップなら、両肩に大きな抵抗を受けますが、Rada の姿勢であれば、片方の肩が水から出ているため、抵抗を最小限にすることができます。
 こうして無駄な力を使わず、無駄な抵抗を受けない泳ぎが生まれているのです。

 ただし、スプリントレースに限っていえば、大きなエネルギーを失ったり、かきの前半(プル)を失ったりしたとしても、ピッチを上げた方が速いのでは…と考えられます。どこまで片腕を前方に伸ばした姿勢で待ち、どこまでピッチを上げるのがベストかは、個人差も大きいでしょう。そのため、Rada の技術は200m以上では非常に有効となりますが、50mレースではそれほど強力な武器にならないかもしれません。エネルギー効率は抜群ですが。
 どんなに無駄にエネルギーを使っても、排気量が大きく、馬力の強い泳ぎの方が、スプリントには有利になるのでは…とも考えられます。

 ちなみに、Rada は25mを11ストロークで泳いでいます。壁を蹴ってから、ドルフィンキックなしで、数回のバタ足からストロークを開始。11ストロークで待つことなく、対岸に着いています。

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