|
|
あれは確か1984年頃だったでしょうか?
わたしは2年間ほどレキポールを使っていたことがあります。
当時、レキが日本のオフィシャルサプライヤーだったかどうか知りません。しかし、ある事情からどうしても使わざるを得なかったのです。
理由は複雑でした。
当時、ガッツフリップ(写真左)で一回半ひねりをねらっていたわたしは、強いポールを必要としていました。使っていた日本製のポールでは強度が足りず、すぐに曲げたり折ったりしていました。そのため、考えた末、一本のポールの内側に、もう一本細いクロスカントリー用ポールを仕込んだストックを作ってみました。これで数回、競技会にも出場しています。このダブルシャフト方式を取ることで、強度こそ改善できたもののそれはあまりにも重いストックでした。
ダブルシャフトを使って720をトレーニングしていた際、回転するシャフトが小指に当たり、指先を骨折したことすらあります。
そんな時ワールドカップ会場で、アメリカのアクロスキーヤー、エレン・ブリーンが、わたしにこう言いました。
「ドイツのレキというメーカーがすごいポールを作ったのよ。わたしは買ってでもそれを使うわ」
エレンはこの数年後、ワールドチャンピオンになりました。男子顔負けの難度を駆使したパワーバレエが印象的な選手でした。
エレンにレキポールを教えてもらった数日後、わたしは男子世界チャンピオンのリチャード・シャブルを訪ねました。レキポールについて聞くためです。
するとリチャードが次のように言ったのです。
「興味があるなら、ぜひ使ってくれ。わたしが開発しているポールなので、今、君に渡すことができる」
こうしてわたしは2組のレキポールをもらうことになりました。
運悪くというか、運良くというか、エレンもこの直後、わたしに1組のレキポールをプレゼントしてくれました。こうして一挙に3組のレキを持つことになりました。
太いシャフトに、頑丈な材質。しかし、非常に軽く使いやすいポールでした。
このポールを使って、わたしは人生で初めてのルーディ(前方宙返り1回半ひねり)に成功しました。たった一人で練習していたにもかかわらず、何度もなんどもガッツポーズを繰り返したことを覚えています。
当時ルーディはわたしにとって、ごくまれに成功する完成度の低い技でした。そのため、初めて競技会で使ったのは、日本最後のアクロ競技会となった2001年です。この競技会で、わたしは長い間の夢だったルーディを成功させることができました。
レキに出会ってから20年以上…。
運命の偶然はふたたび、わたしにレキを手渡してくれました。
プレデターウエアのアメリカ本社がレキポール(アメリカ)と契約し、そのため日本もレキにアプローチするよう要請がありました。
ちょうど今までお世話になっていたアイスポールが営業を止めたこともあり、ぴったりのタイミングでした。
年齢的に考えて、わたしはこれから最後までレキで滑り続けるように思います。またそうあってほしいとも感じています。
用具は体の延長であり、体の一部です。使えばつかうほど、用具は体そのものとなっていきます。
今まで使ってきたすべてのスキー用具に、わたしは心から感謝しています。これから使うであろうすべてのスキー用具にも…。
なんと言っても、スキーはわたしの翼ですから。
|
|