車について

自動車は道具だけれど・・・・・・
 自分の自動車を所有するようになって、もう40年近くになる。
 その40年間で9台の車を買った。と云っても、最初の車はほぼ両親がお金を出してくれたので、自分で買ったとは云えないけれど。
 わたしが車を手に入れたのは、スキーをするためだった。一生懸命スキーをするなら、車なしでは続けられないと信じられたからである。

 大学時代、フリースタイルスキーの大会に出るようになったとき、最初公共の交通機関を使っていた。電車とバスである。そのため、自分の体重ほどもあるスキーケースを抱え、20キロ以上のスーツケースを引きずり、駅までの道のりやバス停までを歩いた。スキーケースには3種目のスキーが各1台ずつと、スペアのスキーが片方ずつ入っていた。
 若くて、まだ体に故障がなかったからできたことだ。
 いろいろと故障のある今なら、それだけでギックリ腰になってしまうだろう。その前に、もう持てないかもしれない。じっさいワールドカップ遠征中、広い空港をスキーを担いで移動し、ギックリ腰になった他国の選手を何人も知っている。

 そんなことから、車を使うようになったが、車はあくまでも道具だった。移動のため、自分と荷物を運ぶための手段だった。

 ただそんな若い頃、カルフォルニアの青い空の下を疾走する黄色いセリカに、心躍るような感情を抱いた記憶がある。
 それから、しばしば歩き回った原宿の表参道で、木漏れ日に照らされた117クーペやポルシェに、何か憧れのごとき気持ちを持った記憶もある。しかし収入が少なく、到底手が届かないと知っていたこともあり、そんな憧れについて深く考えることはなかった。

 ここ30年はずっとスバルに乗り続けてきた。理由は単純で雪道に強いからである。
 加えて、高名な指揮者であるカラヤンがスバル車を高く評価し、じっさい乗っていたという事実も、多少関係しているかもしれない。
 スバル車ならレオーネから始まり、レガシー、グランドワゴン、フォレスター、そしてレガシーB4と乗り継いできた。新車を買ったのは一度だけ。それは1台目のレガシーで、あまりにも道具として酷使し、「中古の方が気を遣わなくていい」 と思うようになった。新車だと、どうしても荒い使い方に抵抗がある。

 ところが2016年の暮れ、あれは千葉でおこなわれたジャパンスプリントの帰りだろうか。高坂のサービスステーションに止められた一台の車に、特別な何かを感じたのである。
 その車を見ていると若い頃、それこそ大学時代、カルフォルニアを走るセリカや表参道の117クーペに感じたのと同じような気持ちになった。
 めったに感じたことのないロマンティックな魅力を、その車から感じたのだ。
 2、30メートルくらい歩いて、誰も乗っていないのを確認してから、ぐるっと回ってみた。
 外車だと思って近寄ったが、後ろを見て驚いた。何とマツダだった。どちらかというと垢抜けないイメージしかなかったメーカーである。

 わたしの持つ車の理想像は、「4駆で小さいけれど、しっかり雪道を走り、スキー道具が載る」 というものだ。だから一時期、マツダ・ベリーサの購入を検討したことがある。しかし、ベリーサはしばらくしてカタログから外れ、それ以外のマツダ車に興味はなかった。
CX-3
 その車にはCX-3と書かれていた。
 一目惚れして、少し車について調べるようになった。
 そして、知れば知るほど愕然とした。
 自動車そのものの進歩が凄まじかったのである。ハイブリッド車や電気自動車のみならず、衝突回避の装備やテクノロジーの充実に、目を見張るものがあった。
 名前を知っていたスバルのアイサイトも研究してみた。安全性の進歩は想像以上で、今やぶつかろうとしても、自分からぶつかれない車が生産されているのである。老人の勘違い事故が多発しているが、こうした安全装置の付いた車なら、未然に防ぐことができる。そんなアイサイトの技術を、わずかだがマツダが超えたことも知った。

 興味をかき立てられて、自動車メーカーの方々が出版した書籍を何冊か読んでみた。どれも環境と性能のせめぎ合い、そして安全性への飽くなき追求に満ちておもしろかった。

 その過程で、疑問に思ったこともある。
 その1つは現在の税制についてだ。
 ガソリン税の不思議もさることながら、車が古くなると高くなる自動車税にも疑問を持った。
 この税は環境を考えてのことだという。しかし古い車を乗りつぶす方が、環境にとって遥かに優しいのではないかと信じられるからである。
 自動車を1台作ると云うことは、その製造過程で莫大な二酸化炭素や公害物質を排出する。まず部品となる鉄やプラスティックを製造する過程で、莫大なエネルギーを消費する。それは、すでに作られた自動車を乗りつぶすより、遥かに大きな汚染を生みだしてしまう。だから、ほんとうなら古くなるほど、自動車税は安くなるべきだと信じられる。
 またハイブリッド車や電気自動車にも難しさを感じた。
 まず大元となる発電所で発生する公害物質が考慮されていない。バッテリーの生産や廃棄に掛けられる問題も考慮されていない。単純な燃費計算でも、車が高額になる分を回収できない。
 自動車が動く際、必要なエネルギー量はその質量と比例する。そう考えると、モーターと巨大なバッテリーを搭載するハイブリッド車には大きなエネルギーロスが起こる。

 そんな疑問を感じながらマツダの方々が書かれた本を読むと、そこに記された情報に心を打たれたのである。
 彼らはまっこうから、そのものずばりエンジンの効率で世界1をめざすというのだ。
 あのフォルクスワーゲンのディーゼルエンジン偽装問題で、マツダの先進技術が再確認されたことなら、わたしですらうっすらと覚えていた。
 何冊か読み進める過程で、会社の姿勢や目標にもいたく感動させられた。

 それまで 「なぜベリーサをなくしてしまったのだろう」 とぼんやり思っていただけから、現在のラインアップやビジネスを見ると、ベリーサはやはりなくすべきで、彼らの判断こそ正しい方向にあると信じられた。

 そして、ついに生まれて2台目の新車を買うことにした。
 でも、どう考えても実用ならスバルのXVの方が便利そうだ。特に新型が出たばかりだから、性能も大きく向上しているだろう。
 これまでのわたしなら、「新型が出るところだから、旧型の値が大きく下がるだろう」 と考え、旧型XVの新古車を探したかもしれない。
 じっさい、ずいぶん得な値段で、それは見つかったのだから。

 ・・・・・・しかし、一度くらい車に恋しても良いと思った。
 感性が理性を超えても良いと思った。
 少しくらい不便でも、乗りたい車に乗ってみようと感じた。

 長く乗った時、どんな感想を持つのか。それはまだ分からない。
 でも人生で一度くらい、「車に恋してもいいな」 と思ったのである。

 親切に対応してくださった各自動車メーカーのみなさま、ほんとうにありがとうございました。
 今回は買えなかったメーカーの方々、丁寧な説明と楽しい試乗をありがとうございました。
 余談ですが、家内は最後まで 「ボルボが良い」 と云っていたことを付け加えておきます。
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