鈴江昭記念演奏会

2008年11月24日京都会館第1ホール
Suzue_Dove
 久々に心を揺さぶられる演奏会に参加することができました。
 そこにいられたことが、それを経験できたことが、大きな贈りものであるようなコンサートでした。
 鈴江昭記念演奏会です。

 鈴江昭先生は京都のいくつかの高校を中心に、吹奏楽団を育ててこられた方です。
 そんな先生が引退されるということで、園部高校と洛西高校を中心とした教え子たちが、「先生のために!」と集まったのです。
 …と言うと簡単に聞こえますが、じつは三年がかりの計画で、実行までに数々の困難を乗り越え、ようやく辿り着いた演奏会でした。
 わたしの友人たちが出演するということもあり、「ぜひ」といってうかがわせていただきました。

 京都に着くと、しっとりと降る雨。
 演奏会場となる京都会館まわりのお堀の手すりに、寒そうな鳩が停まっていました。上の写真の鳩たちです。
 京都に着く前日、わたしは水泳の大会に出場し、そこで大事なことを体験しました。
 それについて書いた文章があるので、少し引用してみます。この演奏会と深いつながりを、心に生みだしてくれた体験でしたから。

 …泳ぎをダメにする要素はたくさんあります。
 気負いや過度の緊張があれば、体に無駄な力が入りやすく、早く疲労しやすくなります。
 試合への恐怖心やあがりがあると、自分の力を出し切れずに終わりやすいです。飛ばしすぎれば、疲労や苦痛で泳ぎが乱れます。
 わたしにとってもっともいけないことは、タイムを出したいと願うことだと、ようやく気づきました。
 勝とうとしたり、タイムを出そうとすると、意識がそこにいきます。すると、じっさいの泳ぎから意識が、少しかもしれませんが薄れます。そして、泳ぎそのものから意識が薄れると、泳ぎの質が大きく低下します。
 25mの結果がよかったので、50mでタイムにこだわりました。煩悩に取り憑かれたのです。その結果、平凡なタイムに終わりました。
 よりよく泳ぐという本来の目的から、意識が離れました。
 入水や伸び、体を流れる水を、もっと感じられたはずなのに、単純な頑張りに変わってしまいました。
 泳ぎに、もっともっと臨場感を感じられたはずが、結果に意識が移り、臨場感とリアリティを失いました。
 “臨場感"を英語では“Presence"と云います。それは「現在」を意味する言葉です。すべての意識を「現在」に集中し、今やっていることに全力を傾けるという意味があります。
 スキーでやり続けていたことを、水泳で忘れていました。
 それを、今日、強く気づかされたのです。

Suzue_Band 鈴江記念演奏会は、まさに臨場感に満ちたものでした。
 けっして「うまい」演奏ではありませんでしたが、例えようもなく「感動的」な演奏でした。
 それはいくつかのフルトヴェングラーの録音を彷彿とさせるもので、演奏家の意気込みや、心や、云いたいことが、ひしひしと伝わってくる演奏でした。

 京都で音楽を学んだ後、関東から九州まで各地に就職したOBたち。彼らが、演奏会のために続々と集まったそうです。鈴江バンドに入りたいと、直接指導を受けていない若い世代も加わったと聞きました。もう何年も楽器に触っていない卒業生が、楽器を借り、練習会場を手配し、忙しい時間を工夫して練習を重ね、この場に集ったと云います。参加したわたしの友人たちも、「何度も挫けそうになった」そうです。
 十代の現役世代から、五十才を超えるOB。なかにはプロといえる活動をしている演奏家もいれば、20年ぶりに楽器に触るという人まで。150名を超える演奏家が、ついに「鈴江バンド」を結成したのです。
 年齢差だけでなく、経験差も千差万別。現在の仕事も趣味も、これまで歩んだ人生も、まったく異なったメンバーが、ただただ鈴江先生への想いから結集したのです。

 彼らが掲げたのは「命を輝かせる」演奏。
 そして、過去を振り返るだけでなく、「未来に向けた新たなチャレンジ」。
 そのとおり、みなさんほんとうに輝いていました。わたしは、こんな希望を持ちました。
 伝説となるであろう鈴江バンドが、これからもずっと、年に一度くらいでいいから定期演奏会を開いて欲しい。
 毎年ほとんどが同じ曲でもいいから、一曲だけ変えて、演奏会を続けて欲しい。そうすれば、わたしは毎年京都に駆けつけます。テクニックやうまさが、感動とは別物であることを、心から感じさせてくれるバンドですから…。

 旋律線を受け持つ人も、低音部を支える人も、たった数回だけ叩く大太鼓の人も、それぞれが自分の人生を背負って、仲間と美しく調和した音楽を奏でていました。もしかしたら人類は、このように異なった者たちが、和して生きられるのではないでしょうか。

 涙が出そうになった瞬間がなんどもありました。そのいくつかが、オーボエのソロでした。
 あまりに美しく歌うオーボエの響きに、思わずパンフレットに演奏家の名前を探しました。
 そして、そこに見つけたのは奏者による次の文章でした。

 「『学生時代のお父さんはスゴかったんだぞ』 なんて自慢話はもう聞き飽きたかな。今夜いよいよ見せられるこの勇姿。妻よ、息子よ、お父さんはスゴいんだぞ」

 ほんとうに凄い演奏でした。
 いつか、もう一度、伝説の鈴江バンドを聴きたいです。
 招待してくださった友人のみなさま、ほんとうにありがとうございました。

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