MahlerProject
Mahler Project - Aug. 29th. 2010 -
 マーラープロジェクトに参加してきました。
 ご来場いただいたたくさんのみなさま、ほんとうにありがとうございました。

 久々にリハーサルから聴く、マーラーとワグナーでした。
 コンサートはもちろん本番を聴くことに意味があります。しかし、もしあなたが曲そのものや作曲者、指揮者にも興味があるのなら、リハーサル(ゲネプロ)こそ興味深いものとなるでしょう。なぜならそこで、指揮者はどんな音楽を創りたいのか、何をめざしているのか、加えて演奏家たちが作曲家の意図をどう解釈しているのか、などさまざまな角度から知れるからです。

 ゲネプロにおけるマーラー4番の2楽章こそ、ある意味、演奏家たちの真骨頂だったかもしれません。
 本番以上に、演奏家たちがやりたいことをやってくれたからです。
 ソロを弾くコンサートマスターの高橋さんに思わず引き込まれました。正直、「このままでいくと、本番はいったいどうなってしまうのだろう!?」と心配になったほど凄い演奏でした。…本番ではちょうど良い加減(決して「いいかげん」ではありません)に味付けしてくれたので、ほっと一安心。その反面、「本人は少し物足りないのでは…」 などといらぬ心配までしてしまいました。

 それにしても、マーラー4番とトリスタンという組み合わせは凄いプログラムです。
 指揮者も演奏家も、体力と気力の限界に挑戦のようなところがあったに違いありません。
 マーラーとイゾルデの両方を歌った並河寿美さんも、連戦の試合に挑むスポーツ選手のような決意を迫られた夜だったに違いありません。

 4番は思い切ってマーラーの二面性を表に出した演奏でした。
 この曲は、美しく古典的なところを表に出した演奏も近頃多いのですが、そうではなく、1楽章や2楽章に込められたおどろおどろしい部分に、しっかり光を当てた演奏でした。

 指揮者・三澤洋史の表現から、少し言葉を拾ってみます。
 「むかしむかしあるところに・・・・」でお話しは始まるが、いつしか語っているお姉さんの口が耳元まで裂けて、目は血走り、「そしておじいさんは、その川から流れてきた赤ん坊の頭を真っ二つに割って食べてしまいました!イッヒッヒッヒッヒ!」というが、でもそれは一瞬の幻影で、よく見るとお姉さんの口は耳元まで裂けたりしていないし、お話しをよく聞いてみると、「赤ん坊をひろって大事に育てました」と涼しい顔で言っている。
 さては、あれは夢だったかとも思ってお姉さんを見つめていると、一瞬だけお姉さんが、こちらを体中の血液が凝固するようなぞっとする視線でにらみつけるが、次の瞬間にはうるうるしたブリッ子の視線に変わって・・・・ううううう、ど、どっちが本当なんだよう!と怒鳴りたくなるような音楽です。はい。

 わたしは特に2楽章に引きつけられました。
 そこでは一音上げて調弦されたヴァイオリンのソロがあるのですが、これを弾いたコンサートマスターが実に個性豊かに歌い上げたのです。いや歌ったという表現は当たっていません。「叫んだ」というべきでしょう。
 いやぁ、あれほどメフィストフェレス的なヴァイオリンソロは珍しいです。

 少し心配になったこともあります。
 それはこのコンサートで、4番を初めて聴いた方も多かったに違いありません。だから一聴すると、とても古典的で、まるでモーツアルトのような曲なのに、「なに、この気持ち悪さは」と感じた方も多かったのでは…。
 そうなのです。マーラーの4番は、とても気持ち悪い曲なのです。
 それはまるで、仮面をかぶって幸せそうに繕っている上流社会のように気持ち悪いのです。その裏側に隠されたさまざまな欲望や残酷さが透けて見えるように気持ち悪いのです。
 そして本番は、そんなおどろおどろしさを、しっかり聴かせた演奏だったと言えるのではないでしょうか。

 トリスタンの演奏も含めて、オーケストラに弱いところはありました。
 しかし、盤石のオーケストラでもなかなか味わえない感動を与えてくれる演奏になったのはどうしてでしょう。
 そして、ところどころ奇跡的なハーモニーを聴かせてくれたのはどうしてでしょう。
 そんな理由をいろいろと考えましたが、何よりもまず、演奏家のみなさんが、心からマーラーやワグナーに心酔していることがあげらるのではないでしょうか。次に指揮者への大きな信頼、演奏者と指揮者の間にある深い信頼関係が上げられるでしょう。
 音楽に取り憑かれたように弾くコンサートマスターの姿は、それだけで心打つものがありました。

 そうした諸々に加えて、わたしには特別な感動がありました。
 それは40年前、毎日のようにマーラーやワグナーについて語った親友が、今ここでマーラーとワグナーを振っているという事実です。
 わたしたちにとって、『トリスタンとイゾルデ』 というのは特別な音楽でした。
 血気あふれ、恋愛や性愛に特別なものを感じていた十代のわたしたちにとって、『トリスタン』 は世界最高の恋物語でもありました。
 それこそ、音楽の一つの究極の姿だと感じていました。
 そんなトリスタンを振る親友の姿が、わたしに大きな勇気と力を与えてくれたのです。

 いつか、三澤洋史の抜粋でない 『トリスタンとイゾルデ』 を聴きたいものです。
 そして、わたし自身、彼に影響を与えられるような何かを築き上げたいものです。

 この日、マーラー研究者の前島先生ともお会いすることができました。
 実はお会いすることが楽しみであると同時に、かなりドキドキしていました。
 なぜなら、前島先生の文章や発言に、透徹した冷静さや深い洞察力を感じていたので、怖さもあったのです。
 一目先生を見たとたん、そんな心配は吹き飛んでしまいました。
 ほぼ同じ年齢なのですが、非常に若くてダンディな先生に魅了されました。
 元々近いところに感じている土井さんや若林と共に聴くコンサートは、忘れられない一晩となりました。

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