Emil Gilels
Brahms Piano Concert No.2

Gilels_Brahms Gilels_Beethoven

 2008年春から初夏にかけての近頃、よくブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴いています。
 1番に特に思い入れが深いのですが、2番もわたしの大好きな曲の一つです。

 よく聴く演奏はベーム&バックハウスですが、ヨッフム&ギレリスもしばしば手に取ります。
 そして、この曲を聴くたび、思い出すことがあります。
 それは大学二年の時、それこそスキーをはじめた頃ですが、英語の授業中に「大好きな音楽」というテーマで話をするチャンスがあったことです。当時、わたしはまだブラームスを理解できず、ベートーヴェンについて話しました。しかし、わたしの発表に応え、教授の取り上げた曲がこの第2番だったのです。

 確か先生は北米ではなくヨーロッパ出身の方だったと、…ドイツ人だったような…、記憶があります。
 彼が、このブラームスのピアノ協奏曲第2番について語ってくれたのです。ブラームスの生涯やクララの話も出て、とても興味く、真剣に聴き入った記憶があります。

 その時、先生の話を聴きながら、「…4楽章がもう少し重々しかったら、わたしもこの曲が大好きになっただろうに」と考えました。当時、この曲を聴くたび、1楽章から3楽章まで努力して努力して苦労を重ねたのに、4楽章でなぜかせっかくの努力を放り出してしまうように感じられたのです。
 ところがあれから三十年がすぎて、今4楽章の明るさに惹かれる自分がいます。
 2楽章と3楽章の後、輝かしい4楽章が来ることが、いとも自然に感じられるようになりました。

 今回、バックハウスとギレリスの両者を聴きながら、こんなことを思いました。
「バックハウスやベームについては、いろいろなところで話したり書いたりしてきたけれども、ギレリスについて書いたことはなかったなあ」
 ギレリスについては、先日ハンマーグラビアについて、ブログで少し書いた記憶があるのみですから。
 しかし、実はギレリスはわたしがとてもよく聴くピアニストなのです。
 しかも、とても好きなピアニストの一人です。

 よくギレリスとポリーニを比較する人がいます。どちらも正確無比なテクニックを持っているからでしょうか。ギレリスはかつて「鋼鉄のピアニスト」と呼ばれたり、「鋼鉄のピアニズム」と表現されたこともあります。そして、彼ら二人のベートーヴェンが似ていると言う人もいます。
 わたしが聴く限り、ベートーヴェンにかんして、彼らはまったく違う音楽を奏でているように感じられます。
 ポリーニのショパンはほんとうに好きなのですが、彼のベートーヴェンに感動したことは、一度もありません。何が欠けているのかというと、ベートーヴェンの挫折と苦悩が欠けているように感じます。加えて、晩年のベートーヴェンの諦観や滋味が欠けているように感じます。
 そんなポリーニに引き替え、ギレリスの演奏にはそうしたものたちがしっかりと感じられるのです。30番のソナタの天上的な美しさはどうでしょう。苦難を味わい尽くしてこそ、こうした演奏にたどり着くのではないでしょうか。

 ブラームスのピアノ協奏曲について書くなら、ギレリスの第2番は未曽有の名演奏です。緊張感や切迫感はベーム、バックハウス以上。圧倒的な迫力に満ちた演奏です。
 しかし、1番にかんしては、今のわたしには少し不満が残ります。もう少し推進力が欲しいと感じてしまうのです。しかし、あと10年も経つと、これが良いと感じられるのかもしれません。

 ハンマーグラビアは2種類の演奏を聴きましたが、どちらも見事です。
 ベートーヴェンは当時のピアノという楽器の性能に満足していなかったと云われています。ベートーヴェンが現代のスタインウエイやベーゼンドルファーを聴いたなら、きっと小躍りして喜んだことでしょう。それこそ、かつてのスキーとカーヴィングスキーほどの違いがあるのですから。
 そんなベートーヴェンだったからこそ、ハンマーグラビアにはギレリスのような演奏を求めたに違いないと感じます。
 わたしが大好きなケンプは、ベートーヴェン本人からすると、少しロマンティックに傾きすぎているかもしれません。ベートーヴェンはしばしばピアノを強打し、その弦を切ったとすら云われるのですから。



 ケンプはベートーヴェンから虚飾や虚勢をぬぐったような演奏をします。そして、後期のソナタに深遠なる世界を実現させています。

 これまで、わたしが一番たくさんのピアニストで、たくさんの回数を聴いてきたピアノソナタは、たぶん「悲愴」です。そんな「悲愴」にかんしても、ギレリスは素晴らしい録音を残しています。もっともたくさん聴いてきたCDも、ギレリスのものかもしれないほどです。

 いつか、ギレリスのベートーヴェン全集を手に入れて、すべてを聴いてみたいものです。
 たしか4曲くらい未完な全集ですが、録音された全曲に興味があります。

 ギレリスの残したCDでわたしのお気に入りは、ベートーヴェン後期のソナタが入ったアルバム(27、28、30、31番)、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、そしてグリーグの叙情小曲集でしょうか。

 2010年になってギレリスのベートーヴェン集を手に入れることができました。
 後日、それについても書いてみたいと感じています。
Home ホームに戻る