Crisis of Japanese Economy
日本経済の危機

 時々、不思議に思うことがあります。それは「めぐり合わせ」というものについてです。
 なぜなら、わたしがスキーをしている理由のひとつに、「ビジネスマンになりたくなかった」ということがあるからです。
 わたしの実家はビジネスをやっていました。そこにはお客様の絶える時間がなく、いつも忙しくあわただしい雰囲気に包まれていました。プライベートな時間など、まったくないかのように感じられました。そんな両親の姿を見て、わたしの心は「ビジネスマンになりたくない」と反動形成したのです。Buildings
 しかし、スキーを続けてきた結果として、結局ビジネスの世界に関わらざるを得なくなりました。
 どうも人生というのは絵と同じようなもので、最後にはすべてを書き込んで、完成させなければならないようです。ビジネスから逃げ回っていたわたしは、めぐり合わせから、そのまっただ中に投げ込まれることになりました。今回は逃げることも許されず、それに対峙せざるを得なくなっています…。

 わたしたちのビジネスが活動する日本経済というより大きな世界に関しても、不思議なめぐり合わせを感じています。
 日本は第二次世界大戦で、大東亜共栄圏という構想を持って、アジアに進出しました。そして、アメリカの怒りを買い、経済封鎖されました。経済的に追い込まれた日本は、「窮鼠猫を噛む」がごとく真珠湾を攻撃し、開戦。ついには無条件降伏へと追い込まれました。
 現在、日本を襲っている不況を見ると、第二次世界大戦とよく似ていると思えることがあります。なぜなら一つに、この不況もアメリカとの関係によってもたらされているということ。そして一つに、その原因となっているのが、日本のアジア進出だったように思えるからです。
 強力なドルに対抗し、ヨーロッパはユーロを生み出しました。そして、ドルとユーロに対抗し、好景気だった日本はアジアの共通通貨を模索していました。この頃日本はアメリカへ大きく経済進出し、エンパイアステートビルやロックフェラーセンターまで買収しようとしました。その姿はエコノミックアニマルと呼ばれ、アメリカ人の強い反感を買いました。
 日本はアメリカが主導するプラザ会議において、円高に誘導されることになります。これにより想像もできないほど巨額な富を奪われたのです。そして、1990年の真珠湾攻撃の日、満を持したかのようにしてソロモンブラザースが日本市場に介入。ここから日本の没落がスタートしました。
 それ以降、経済は下降の一途をたどることになります。

 近頃、日本経済は不況のなかで、ドラマティックに変わっていると実感しています。社会構造を変革すること。それは将来の日本どころか、今の日本にとって早急に必要なことでしょう。しかし、この激変の先に何が待っているのか。それを知るのはたいへん難しいことです。
「日本は数年以内に破綻する」という人がいます。
「竹中さんの改革が成功し、日本は好転する」という人もいます。
「90年代後半に起きた韓国における経済危機のように IMF(国際金融基金)の介入が必要」という人もいれば、「北朝鮮との戦争で、大好景気がやってくる」などという人もいます。
 どんな未来が実現するのか、わたしにはわかりませんが、一つだけ実感していることがあります。それは日本社会は現在より、確実に二極化し、貧富の差が大きくなるだろうということ。つまり、ふつうの社会になるだろうということです。
 スキーを通じて、たくさんの国を旅して感じたこと。それは日本だけが異常に均一な画一化された社会だということ。日本だけが先進国の中で、特殊な社会構造を持っているということ。しかし、均一化社会は破綻に瀕しています。均一な人間を育てあげる日本の教育も破綻しています。均一な仕事を要求する日本の会社も破綻しています。つまり優秀な人材が、やる気を失っているのです。そして、公で高貴な目標はエネルギーを持たず、小さな個人レベルでの醜い損得勘定が、日本という国を支配しているのではないでしょうか。
 韓国では国家あげての英才教育への転換が図られています。それに比べ、日本ではまったくと言っていいほど、実効性のある具体案が出ていません。

 日本国と地方自治体には合計で700兆円に達する累積赤字があるといわれています。特殊法人や郵政には400兆円という赤字があるといいます。つまり、合計で1100兆円という赤字を抱えているというのです。国と地方の税収入を合わせて、年間85兆円程度といわれていますから、これはあたかも年収850万の家が、1年に1600万円を使い、加えて借金が1億2千万円もあるというに等しいことです。
 もし、こうした数字がほんとうなら、小泉首相の改革ペースなど、まったく話にならないほど遅すぎるということになります。それこそ今すぐ、たくさんのゼネコンや銀行をつぶし、特殊法人を解散し、公務員を半分にするほどの大手術をしない限り、日本は再生できないことになります。それどころか、破綻は「すぐそこまで来ている」ということになります。

 破綻をまぬがれ、もしも日本国というものが続いたとしても、その先に待っているのはアメリカのような本格的資本主義社会でしょう。つまり、金持ちと貧乏人が、天と地ほども遠くに離れた世界です。
 そんな白人社会には歴史が築いてきたルールがあります。それは自ら資本主義を生み出してきたものたちが築き上げたルールで、理 (reason) によってものごとを進めるというルールです。長い間、談合と人間関係でものごとを進めてきた日本社会。果たしてこれからやってくる本格的資本主義の土俵で、…強烈な競争という土俵で、闘えるでしょうか。自ら資本主義を拒否してきた国民性を芯に持った我々が、彼らと対等に競争することができるでしょうか。
 わたしは疑問に感ぜざるをえません。
 しかし、わたしはフリースタイルスキーヤーだけは大丈夫だと感じています。
 なぜなら、フリースタイルは「判断力」や「決断力」が強く必要とされるスポーツだからです。加えて、単なる競争を乗り越え、より高い次元に達しようとするエネルギーを持っているスポーツだからです。わたしたちフリースタイルスキーヤーは自分の判断力で、間違いながらも、紆余曲折しながらも、前進できると信じています。21世紀はフリースタイルスキーヤーの時代になる…そうわたしには信じられるのです。

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